経営再建計画書における「アクションプランと数値計画」の中でも、過去の問題点を清算し、真の財務健全化への道筋を示す上で重要な役割を果たすのが**「不良資産回収計画」**です。これは、経営再建における「過去の膿を出し切る」プロセスを具体化する計画と言えます。
この計画の出発点となるのは、**事業デューデリジェンス(事業DD)の過程で作成される「実態バランスシート」**です。ここで特定された「不良資産」を、計画期間中にどのように回収・処理していくのかを明確にすることで、貸借対照表(BS)のスリム化と実質的な純資産の改善を目指します。
この記事では、不良資産回収計画の意義、具体的な作成手順、そして金融機関の視点も踏まえた計画策定のポイントを、経営者、従業員、金融関係者など幅広い読者に向けて解説します。
【目次】
不良資産回収計画とは、事業デューデリの実態バランスシート作成プロセスにおいて、「資産としての実質的な価値が低い、または回収可能性が極めて低い」と判断された項目について、計画期間中にどのように回収または処理(損金処理、売却、放棄など)を進めていくかを示す計画表のことです。
対象となる不良資産の具体例
・不良在庫: 長期滞留在庫、陳腐化在庫、販売不能在庫など(評価減が必要なもの)
・貸倒懸念債権: 回収が困難な売掛金、受取手形、未収入金(取引先の倒産、支払い遅延など)
・回収不能な貸付金・仮払金: 関係会社への実質的な支援金、使途不明瞭な仮払金、役員への回収困難な貸付金など
・含み損のある有価証券・投資: 時価が簿価を大幅に下回る株式やゴルフ会員権など
・その他: 償却不足の繰延資産、実質価値のないソフトウェアなど
これらの不良資産は、貸借対照表(BS)上は資産として計上されていても、実質的な価値がないため、企業の真の財政状態を歪めています。これらを計画的に処理していくことが、財務の透明性を高め、実態バランスシート上の純資産を改善するために不可欠です。
正確な実態バランスシート作成が大前提
言うまでもありませんが、不良資産回収計画は、その前提となる実態バランスシートが正確に作成されていなければ意味を成しません。 どの資産が不良であり、その評価減(補正額)がいくらなのかを事業デューデリで徹底的に洗い出すことが、この計画の出発点となります。
[関連情報:実態バランスシートの作り方(資産編) – 不良資産の見分け方]
[関連情報:実態バランスシートの作り方(負債・純資産編)]
具体的な作成手順を、下図で示されているフォーマット例を基に解説します。
準備:実態バランスシート(特に資産の部の補正項目と金額)
まず、実態バランスシート作成時にリストアップした、資産の部の「補正項目」(不良資産と判断された勘定科目)と、それぞれの「補正額」(マイナス評価した金額)を用意します。
フォーマット例で見る作成プロセス
(クリックで拡大します)
1. スタート地点:実態BSの「補正額」(マイナス評価額)を転記
・フォーマットの計画開始年度(直近期または0年目)の各不良資産項目欄に、実態バランスシートで算定した「補正額」そのものを転記します。
・【重要注意点】 ここに記載するのは、修正後の資産残高ではなく、**「どれだけ資産価値をマイナス評価したか」という補正額(通常マイナスで表現)**である点に注意が必要です。
2. 実質債務超過額の算出
・帳簿上の純資産額に、各不良資産の補正額(マイナス値)を合計した「補正額合計」を加味し、計画開始時点での**「実質純資産(または実質債務超過)額」**を算出します。上図の例では、帳簿純資産15,000千円に対し、補正額合計が▲20,000千円のため、実質債務超過額は▲5,000千円となります。これにより、表面上の財務状況と実態とのギャップが明確になります。
3. アクションプランに基づき、各不良資産の回収・処理計画を入力(残高の推移)
・計画期間(1年目~X年目)の各年度について、具体的なアクションプランに基づき、不良資産の補正額残高がどのように減少していくかを計算し、入力します。
‣例1:貸倒懸念債権: 回収不能と判断し、計画〇年目に全額貸倒損失として損金処理する → 補正額残高がゼロになる。
‣例2:不良在庫: 計画〇年目に評価損を計上し、△年目に処分セールで一部現金化、残りを廃棄処分する → 段階的に補正額残高がゼロに近づく。
‣例3:役員貸付金: 役員報酬から毎月一定額を天引き返済する → 計画期間を通じて毎年一定額ずつ補正額残高が減少(ゼロに近づく)。
各年度末の「補正額合計」と「実質純資産(債務超過)額」も計算し、改善の進捗を可視化します。
注意点:転記するのは「補正額」そのもの
繰り返しになりますが、この計画表で管理するのは「不良資産の残高」ではなく、「実態BSでマイナス評価した補正額の残高」です。この補正額がゼロに近づくほど、実質的な財務内容が改善していることを示します。
特に中小企業の経営再建においては、「中小企業特性」と呼ばれる考え方を加味して、最終的な実質純資産(債務超過)額を評価することがあります。
なぜ役員個人の資産・負債を考慮するのか?(会社と経営者の一体性)
中小企業では、会社の信用力が経営者個人の信用力や資産背景と密接に結びついているケースが多く見られます(例:経営者個人による連帯保証、個人資産の担保提供など)。そのため、会社の財政状態をより実態に近く評価する目的で、経営者個人の主要な資産や負債を会社の純資産評価に加減算する考え方です。
具体的な加味項目例
・プラス評価: 経営者個人所有の不動産(自宅など)の評価額、会社への役員借入金(会社から見れば負債だが、実質的には資本と見なせる場合)など。
・マイナス評価: 経営者個人の住宅ローンなどの負債。
これらの項目を加味することで、「中小企業特性勘案後の実質純資産(債務超過)額」が算出され、会社の潜在的な支払い能力や再建可能性をより多角的に評価することができます。金融機関も、この観点を重視する場合があります。
質の高い不良資産回収計画を作成するためには、以下の3つのポイントが不可欠です。
ポイント①:不良資産の正確な特定と評価(実態BSの精度)
全ての出発点は、事業デューデリにおける実態バランスシートの精度です。どの資産がどれだけ毀損しているのか、漏れなく、かつ客観的な基準で評価されている必要があります。ここでの見落としや評価の甘さは、計画全体の信頼性を損ないます。
ポイント②:アクションプランとの完全な整合性
不良資産の補正額を計画期間中にどうやって減少させていくのか、その**具体的な回収・処理策(アクションプラン)**が明確に定められ、かつ実行可能なものでなければなりません。
・回収・処理策の具体性: 「誰が、いつまでに、どのように」実行するのか?
‣例:「営業部長が、〇月末までに、A社に対する不良債権〇円について、△円での債権放棄を含む和解交渉を行う。」
‣例:「製造部長が、〇四半期中に、滞留在庫Bについて、C社に〇円で売却処分する。売却不能分は廃棄処分する。」
‣例:「経理担当が、毎月の役員報酬から、役員貸付金〇円を、△年間で天引き返済する手続きを行う。」
・実行可能性: 絵に描いた餅ではなく、現実的に実行できる計画であること。
ポイント③:PL計画・BS計画との数値的整合性
不良資産の処理は、PL(損益)とBS(資産)の両方に影響を与えます。計画間の数値的な整合性を確保する必要があります。
・PL計画への反映: 貸倒損失、在庫評価損、固定資産除却損、有価証券売却損益などの損金処理額が、PL計画の適切な項目(販管費、営業外費用、特別損失など)に計上されているか。
・BS計画への反映: 不良資産の回収や処分による資産減少額が、BS計画の該当する資産科目(売掛金、棚卸資産、貸付金、有価証券、固定資産など)の減少として正しく反映されているか。
不良資産回収計画を具体的に策定し、経営再建計画書に盛り込むことは、金融機関に対して「過去の問題から目を背けず、正面から向き合い、解決していく」という経営者の強い意思を示すことに繋がります。実態バランスシートで明らかになった問題を放置せず、具体的な処理計画を示すことで、経営再建への本気度が伝わり、金融機関からの信頼回復と支援獲得に繋がりやすくなります。
実態バランスシートの作成、不良資産の評価、そして具体的な回収・処理計画の策定は、専門的な判断を要する場合があります。
中小企業活性化協議会や経営改善計画策定支援事業(405事業)の活用
中小企業活性化協議会では、経営再建計画策定の専門家(税理士、会計士、中小企業診断士など)がチームを組んで支援にあたり、実態バランスシートの作成支援や不良資産の評価、処理方法に関するアドバイスを提供してくれます。また、**経営改善計画策定支援事業(405事業)**を活用すれば、これらの専門家への依頼費用の一部補助を受けながら、客観的で質の高い計画を作成することが可能です。
[関連情報:中小企業活性化協議会によるデューデリジェンス支援]
[関連情報:経営改善計画策定支援事業(405事業)の申請手続き]
サンプル・テンプレート利用の限界
「経営再建計画書 書き方」のサンプルやテンプレートでは、不良資産回収計画が省略されていたり、一般的な記述に留まっている場合があります。不良資産の内容や評価、処理方法は企業ごとに千差万別であり、極めて個別性が高いため、テンプレートの利用には限界があります。必ず自社の状況に合わせて具体的に作成し、必要に応じて専門家の助言を求めるべきです。
不良資産回収計画は、経営再建計画書において、過去の負の遺産を清算し、健全な財務体質で未来へ踏み出すための重要なプロセスです。
・事業デューデリにおける正確な実態バランスシート作成が大前提。
・特定された不良資産(補正額)を、具体的なアクションプランに基づいて計画的に回収・処理する。
・中小企業特性を加味した評価も検討する。
・アクションプラン、PL計画、BS計画との整合性を確保する。
・金融機関に対して、問題解決への真摯な姿勢を示す。
この計画を着実に実行することで、貸借対照表(BS)はクリーンになり、企業価値の向上と持続的な成長に向けた確かな財務基盤が築かれます。
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