【この記事で分かること】
・自社の人件費を正しく把握するための人件費 計算方法
・人件費が適正か判断するための具体的な人件費 基準(評価指標)
・同業他社や過去の自社と比較し、人件費 適正額を見極める方法
・人件費分析に基づいた経営改善策
本記事は、企業の経営者、人事・経理担当者、金融機関関係者など、「人件費の考え方や経営への活かし方」について情報収集されている幅広い層の方々を対象としています。
経営の根幹に関わる人件費。その水準は適正でしょうか?
特に経済環境が不安定な時期には、人件費の管理が企業の持続可能性を左右します。この記事では、人件費の基本的な計算方法から、適正水準を見極めるための指標、そして具体的な経営改善策まで、網羅的に解説します。
【目次】
まず、人件費の基本的な定義と計算方法を理解しましょう。
1.1. 人件費の定義と経営における重要性
人件費とは、企業が従業員や役員を雇用することによって発生する全ての費用の総称です。単なるコストではなく、企業の価値創造の源泉である「ヒト」への投資でもあります。しかし、売上高の変動に関わらず発生しやすい**「固定費」としての側面が強い**ため、経営状況によっては収益を圧迫する要因にもなり得ます。したがって、人件費を正しく把握し、適切に管理することは、安定した企業経営に不可欠です。
1.2. 人件費を構成する主な勘定科目
決算書や試算表で人件費に関連する主な勘定科目は以下の通りです。
・役員報酬: 取締役や監査役など、役員に対して支払われる報酬。
・給与(給料手当): 正社員に対して支払われる基本給、残業代、各種手当など。
・雑給: パートタイマーやアルバイトなど、臨時従業員に対して支払われる賃金。
・賞与(ボーナス): 定期給与とは別に、夏季・冬季などに支払われる一時金。
・法定福利費: 法律で定められた福利厚生費用。具体的には、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、労災保険料などの社会保険料の会社負担分を指します。月々の給与支給額のおおよそ15%程度が会社負担となると認識しておくとよいでしょう。
これらの合計額が、企業の総人件費となります。
1.3. 人件費の計算方法【基本式】
上記を踏まえ、人件費は以下の計算式で算出されます。
人件費 = 役員報酬 + 給与 + 雑給 + 賞与 + 法定福利費
この計算を行う際は、給与台帳の**「総支給額(社会保険料や各種手当を控除する前の金額)」**を使用することがポイントです。これにより、会社が実際に負担している人件費総額を正確に把握できます。
1.4. 人件費支給一覧表の活用【テンプレート例】
人件費の実態をより詳細に把握するために、「人件費支給一覧表」を作成することをお勧めします。
【人件費支給一覧表のイメージ】(※クリックで拡大します)
(注:法定福利費は社会保険料率に基づき計算しますが、ここでは簡便的に年間総支給額の約15%として記載)
このような一覧表を作成し、社員一人ひとり、または部門ごとに年間でどれだけの人件費(総支給額ベース+法定福利費)が発生しているかを「見える化」することで、コスト配分の妥当性や課題を具体的に把握できます。
人件費の計算方法を理解した上で、なぜその管理が重要なのかを深掘りします。
2.1. 人件費は「固定費」であるという性質
経費には、売上の増減に応じて変動する「変動費」(例:原材料費、仕入高、外注費など)と、売上の増減に関わらず一定額が発生する「固定費」があります。人件費は、原則として固定費に分類されます。
売上が減少しても、人員削減や給与カットといった思い切った措置を取らない限り、人件費はほぼ同額発生し続けます。これが、業績不振時に人件費が利益を圧迫し、赤字経営に陥る大きな要因となり得る理由です(経営全体の立て直しに関心がある方は、[赤字経営からの脱却方法について解説したこちらの記事]も参考になるでしょう)。家賃やリース料など他の固定費と同様に、短期的な削減が難しいという特性を持っています。
2.2. 経営判断における人件費の位置づけ
人件費は、単なるコストではなく、企業の成長戦略や財務戦略と密接に関わる重要な要素です。適正な人件費水準を把握・維持することは、以下のような経営判断に不可欠です。
・採用計画: 新規採用や人員配置の妥当性評価
・賃金制度: 従業員のモチベーション維持と業績向上に繋がる賃金体系の設計
・投資判断: 新規事業や設備投資の際の費用対効果測定
・資金繰り: 将来のキャッシュフロー予測と財務安定性の確保
・価格設定: 製品・サービスの価格決定におけるコスト構造の反映
このように、「人件費 経営への影響」は多岐にわたります。
自社の人件費が適正かどうかを客観的に判断するために、以下の3つの人件費 基準(経営指標)を用いることが有効です。
3.1. ① 労働分配率:利益に対する人件費の配分を見る
労働分配率(%)= 人件費 ÷ 限界利益 × 100
・限界利益は、厳密には「売上高 – 変動費」で計算されますが、この記事では簡便的に「売上高 – 売上原価 = 売上総利益(粗利)」を限界利益の近似値として使用します。
労働分配率は、企業が生み出した付加価値(限界利益)のうち、どれだけが人件費として従業員に分配されているかを示す指標です。
この比率が高いということは、利益に対して人件費の負担が重い状態、つまり「稼ぎに対して払いすぎている」可能性を示唆します。逆に低すぎる場合は、従業員への還元が少ない、あるいは生産性が非常に高い可能性があります。
3.2. ② 従業員一人当たり売上高:生産性とのバランスを見る
従業員一人当たり売上高(円)= 売上高 ÷ 従業員数
・従業員数には、役員を除く正社員、パート・アルバイトを含めます。
・パート・アルバイトは、労働時間に応じて「0.5人」などとしてカウントするのが一般的です。
・経営者が現場業務にも従事している場合は、従業員数に含めて計算します。経営に専念している場合は含めません。
この指標は、従業員一人が平均してどれだけの売上を生み出しているかを示し、企業の労働生産性を測る目安となります。この数値が高いほど、効率的に売上を上げていると言えます。
3.3. ③ 売上高人件費比率:売上に対する人件費の割合を見る
売上高人件費比率(%)= 人件費 ÷ 売上高 × 100
売上高全体に占める人件費の割合を示す、シンプルで分かりやすい指標です。業種によって適正水準は異なりますが、この比率が上昇傾向にある場合は注意が必要です。特に、売上が減少しているにも関わらずこの比率が上昇している場合、人件費が固定費として経営を圧迫し、赤字リスクが高まっているサインと言えます。
3.4. 【実践】人件費計算シートで自社を分析【テンプレート例】
これらの3つの指標を継続的に把握するために、「人件費計算シート」のようなツールを活用すると便利です。
【人件費計算シートのイメージ】(※クリックで拡大します)
このシートを使って定期的に数値を算出し、推移を確認することで、自社の人件費に関する課題や変化を早期に捉えることができます。
算出した指標が「高い」のか「低い」のか、つまり人件費 適正額はどの程度なのかを判断するには、比較対象が必要です。
4.1. 業界平均値との比較:客観的な立ち位置を知る
自社の指標を、所属する業界の平均値と比較してみましょう。これにより、同業他社と比較して自社の人件費水準や生産性がどのような状況にあるのか、客観的な立ち位置を把握できます。
業界平均値は、経営コンサルティング会社や調査会社、金融機関などが公開しているデータを参考にできます。例えば、TKC全国会では「TKC経営指標(BAST)」として業種別の経営指標データを公開しています。
・株式会社TKCオフィシャルホームページ(経営指標サンプル): https://www.tkc.jp/tkcnf/bast/sample/
このようなデータを活用し、自社の労働分配率や一人当たり売上高などが業界平均と比べてどう違うかを確認します。より詳細な人件費の業界標準比較の分析方法については、こちらの記事で詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
4.2. 過去の自社データとの比較:時系列での変化を捉える
もう一つの重要な比較対象は、過去の自社のデータです。過去3~5年程度の決算書から同様に指標を算出し、時系列での推移を確認します。
・労働分配率は上昇傾向か、下降傾向か?
・一人当たり売上高は伸びているか、停滞しているか?
・売上高人件費比率は改善しているか、悪化しているか?
これにより、自社の人件費管理のトレンドや、経営改善策の効果が出ているかなどを判断することができます。
比較分析の結果、自社の人件費水準が明らかになったら、それに応じた対策を検討します。
5.1. 人件費が高い場合の対策
業界平均や過去と比較して、労働分配率や売上高人件費比率が高い場合、または一人当たり売上高が低い場合は、人件費と売上・利益のバランスが崩れている可能性があります。以下の対策を検討します。
1. 業務効率化による生産性向上:
・ITツールの導入(RPA、SFA、グループウェア等)
・業務プロセスの見直し、標準化
・従業員のスキルアップ研修
2. 付加価値向上による収益力強化:
・高付加価値な商品・サービスの開発
・単価の見直し、価格交渉力の強化
・新規顧客開拓、販路拡大
3. 人員配置の最適化:
・部門間の人員移動
・ノンコア業務のアウトソーシング検討
・(最終手段として)採用の抑制や人員整理
4. コスト構造の見直し: 人件費だけでなく、家賃や広告宣伝費など他の固定費や変動費も含めたコスト構造全体の見直しも有効です(具体的な[コスト削減の方法については、こちらの記事]で多角的に解説しています)。
重要なのは、単に人件費を「削減」するだけでなく、売上や利益を「増加」させることで、結果的に人件費の「割合」を適正化する視点を持つことです。
5.2. 人件費が低い場合の対策
逆に、人件費の割合が業界平均や過去と比較して低い場合は、従業員への還元が十分でない、あるいは将来への投資余力がある状態かもしれません。以下の対策を検討します。
1. 従業員の待遇改善:
・賃上げ(ベースアップ、賞与増額)
・福利厚生の充実
・インセンティブ制度の導入
2. 人材への投資:
・優秀な人材の新規採用
・従業員の教育・研修制度の拡充
・資格取得支援
3. 労働環境の改善:
・働きやすいオフィス環境の整備
・柔軟な働き方(リモートワーク、フレックスタイム)の導入
これらは、従業員のモチベーション向上、離職率低下、ひいては長期的な生産性向上や企業価値向上に繋がります。
5.3. 賃金水準の参考に:公的統計データの活用
個々の従業員の賃金水準を検討する際には、公的な統計データも参考になります。厚生労働省が発表している「賃金構造基本統計調査」では、業種別、企業規模別、年齢別、性別などの平均賃金データが公開されています。
・政府統計の総合窓口(e-Stat) – 賃金構造基本統計調査: https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450091&tstat=000001011429
これらのデータを参考に、自社の賃金水準が世間一般と比較して適正かどうかを判断する材料とすることができます。特に昨今注目される賃上げについては、[中小企業の経営戦略としてどう考えるべきか、こちらの記事]もご参照ください。
人件費は、企業の経営状態を映し出す鏡であり、その管理は経営の根幹をなす重要なテーマです。
1. まず、自社の人件費を正しく計算し、その構成要素を把握すること。
2. 次に、「労働分配率」「一人当たり売上高」「売上高人件費比率」という3つの基準を用いて、自社の現状を客観的に評価すること。
3. そして、業界平均や過去の自社データと比較し、適正額を見極めること。
4. 最後に、分析結果に基づいて、人件費削減、生産性向上、人材投資など、具体的な経営戦略に繋げること。
これらのステップを定期的に実践し、人件費 計算から始まる一連の分析・改善サイクルを回していくことが、持続的な企業成長の鍵となります。
この記事で紹介した方法で自社の人件費分析を進めてみたい、具体的な対策について相談したい、という経営者やご担当者様は、どうぞお気軽にご相談ください。貴社の状況に合わせた具体的なアドバイスを提供させていただきます。
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