経営再建計画書における「アクションプランと数値計画」の策定プロセスも終盤に近づいてきました。今回は、PL計画(損益計算書計画)の最終的な利益額と、金融支援計画における返済財源額を確定させる上で欠かせない**「税額計算表」**の作成ポイントについて解説します。
一見、税金の計算は専門的で複雑に思えるかもしれませんが、経営再建中の企業にとっては特に重要な**「繰越欠損金」**の仕組みを理解することが、計画全体の精度を高め、利用可能なキャッシュフローを最大化する鍵となります。この記事では、その重要性と具体的な計算手順を、経営者、従業員、金融機関関係者など幅広い読者に向けて分かりやすく説明します。
【目次】
税額計算表とは、策定したPL計画に基づき、計画期間中の各年度に納付すべき法人税、住民税、事業税(いわゆる法人税等)の金額を算出するための計算シートです。
この計算結果は、以下の2つの重要な計画に直接影響を与えます。
1. PL計画(損益計算書計画): 算出した法人税等の額が、PL計画上の「法人税、住民税及び事業税」の項目に計上され、最終的な当期純利益が確定します。
2. 金融支援計画(返済計画): 年間の返済財源を算出する際の計算式「{(税引後)当期純利益+減価償却費…}×80%」に含まれる税金の額を決定します。税額が低く抑えられれば、その分返済に充てられるキャッシュフローが増えることになります。
したがって、正確な税額計算は、経営再建計画書全体の整合性と信頼性を担保する上で不可欠なプロセスです。
経営再建計画における税額計算で、最も重要なポイントは**「繰越欠損金」**の存在とその活用です。
繰越欠損金とは?(税務上の繰越赤字)
繰越欠損金とは、過去の事業年度で発生した税務上の赤字(欠損金)のうち、翌期以降に繰り越すことが認められている金額のことです。経営再建に取り組む企業の多くは、過去に業績不振を経験しているため、この繰越欠損金を抱えているケースが少なくありません。
なぜ経営再建で重要か?(将来の節税効果 → キャッシュフロー改善)
繰越欠損金の最大のメリットは、将来、事業年度で利益(所得)が出た場合に、その利益と過去の繰越欠損金を相殺できる点にあります。
【法人税額の基本的な計算イメージ】
法人税額 ≒ (税引前当期純利益(≒所得金額) - 繰越欠損金利用額) × 法人税率
つまり、繰越欠損金がある限り、黒字であっても税負担が発生しない、または軽減される期間が続く可能性があるのです。これにより、納税によるキャッシュアウトが抑制され、手元に残るキャッシュフローが増加し、借入金の返済や事業への再投資に充当できる資金が増えるという、経営再建にとって非常に大きなメリットがあります。
繰越期間(原則10年)と確認方法(決算書「別表七(一)」)
繰越欠損金には利用可能な期間(繰越期間)が定められており、原則として、その欠損金が発生した事業年度の翌年度から10年間繰り越すことができます(※発生時期により異なる場合があります)。
自社の繰越欠損金の金額と、それぞれの発生年度、利用期限は、**法人税申告書の「別表七(一) 欠損金の損金算入等に関する明細書」**で確認できます。経営再建計画書を作成する際には、必ずこの書類で正確な情報を把握しておく必要があります。
別表七(一)には、過去の事業年度ごとに発生した欠損金額、既に利用した金額、そして当期末時点で繰越可能な残額とその利用期限が記載されています。計画策定時には、この『繰越可能な残額』と『利用期限』を正確に把握することが重要です。
繰越欠損金の状況を把握したら、具体的な税額計算表を作成します。下図で示されているフォーマットを例に、計算手順を解説します。
準備:PL計画(税引前利益)、繰越欠損金データ
・PL計画: 各年度の「税引前当期純利益」の計画値。
・繰越欠損金データ: 別表七(一)から把握した、計画開始時点での繰越欠損金の残高と発生年度(利用期限)。
フォーマット例で見る計算プロセス
(クリックで拡大します)
1. ステップ1: 税引前当期純利益の転記(フォーマット例①)
・作成済みのPL計画から、計画期間(0年目~X年目)の各年度の「税引前当期純利益」を転記します。
2. ステップ2: 期首繰越欠損金の転記(フォーマット例② 初期値)
・計画開始年度(0年目または1年目)の期首時点での繰越欠損金残高(別表七(一)より)を転記します。
3. ステップ3: 繰越欠損金の利用・増減計算(フォーマット例② 推移)
・各年度について、以下の計算を行います。
⊡ 当期利益(①)と期首繰越欠損金(②)を比較し、利益の範囲内で古い発生年度の欠損金から順に利用(相殺)します。
⊡ 利用した欠損金額を記録します。
⊡ 利用期限が到来した欠損金は、利用できなくなるため残高から除外します。
⊡ 当期が赤字(税引前利益がマイナス)の場合は、新たな欠損金が発生し、翌期以降に繰り越される残高が増加します。
⊡ これらの増減を反映し、翌年度の期首繰越欠損金残高を計算します。
4. ステップ4: 課税所得の算出(フォーマット例③)
・課税所得 = 税引前当期純利益(①) - 当期に利用した繰越欠損金額
・※課税所得がマイナス(赤字)の場合はゼロとなります。
5. ステップ5: 法人税額(所得割)の計算(フォーマット例⑤)
・法人税額(所得割) = 課税所得(③) × 実効税率(例:約30%)
・※実効税率は、法人税・住民税・事業税を考慮した概算の税率を用います。正確には個別の税法に基づき計算が必要です。
6. ステップ6: 均等割額の加算(フォーマット例⑥)
・法人住民税の均等割額(資本金等の額に応じて定額で課される税金)を加算します。赤字でも発生します。
7. ステップ7: 法人税等合計額の確定 → PL計画へ転記(フォーマット例⑦)
・法人税等合計額 = 法人税額(所得割)(⑤) + 均等割額(⑥)
・この合計額を、PL計画の「法人税、住民税及び事業税」の欄に転記します。
概算実効税率と均等割について
・実効税率: 実際の税額計算は複雑ですが、経営再建計画上は、将来の税負担を見積もるために、法人税・住民税・事業税を合算した概算の税率(実効税率、多くの場合30%前後)を用いることが一般的です。
・均等割: 利益が出ていなくても(赤字でも)、資本金や従業員数に応じて課税される地方税です。年間数万円~数十万円程度かかるため、計画上見込んでおく必要があります。
税額計算の精度は、経営再建計画書全体の信頼性に影響を与えます。
正確な税額計算が返済財源予測の信頼性を高める
特に繰越欠損金の利用可能額と期限を正確に反映した税額計算は、将来のキャッシュフロー予測の精度を高めます。これにより、金融支援計画(返済計画)で示す返済財源額の信頼性が向上します。
金融機関も注目するポイント(経営再建計画書 金融機関)
金融機関は、税額計算の前提(特に繰越欠損金の状況)や計算プロセスも確認します。適切な税額計算が行われ、それによって返済計画の確実性が増していると判断されれば、計画への同意を得やすくなります。
繰越欠損金の有効活用によるキャッシュフロー改善効果
上記の計算例のように、繰越欠損金が存在することで、黒字転換後も数年間は税負担が大幅に軽減され、手元キャッシュフローが増加するケースが多くあります。この効果を計画に正確に織り込むことが、経営再建をより確実なものにします。
税額計算、特に繰越欠損金の管理や利用、税法の改正への対応などは専門的な知識を要します。
顧問税理士等との連携の重要性
経営再建計画書における税額計算については、必ず顧問税理士などの税務専門家と連携し、内容の妥当性を確認してもらうことが不可欠です。繰越欠損金の利用制限(大企業は所得金額の50%までなど、適用条件あり)や、税制改正の影響なども考慮する必要があります。
中小企業活性化協議会や経営改善計画策定支援事業(405事業)の活用
中小企業活性化協議会や**経営改善計画策定支援事業(405事業)を活用する場合でも、計画策定を支援する専門家(税理士、会計士、中小企業診断士など)**が税務面からのアドバイスや計算のサポートを行ってくれます。これらの制度を利用し、専門家の知見を借りることも有効な手段です。
[関連情報:中小企業活性化協議会による専門家チームの組成]
[関連情報:経営改善計画策定支援事業(405事業)での税理士活用]
経営再建計画書 書き方とサンプル・テンプレート利用の留意点
「経営再建計画書 書き方」のサンプル等では、税額計算部分が簡略化されている場合もあります。税務ルールは複雑であり、企業の個別事情(欠損金の発生時期など)によって計算結果が大きく異なるため、テンプレートの安易な利用は避け、必ず専門家の確認を受けるようにしましょう。事業デューデリや実態バランスシートで把握された財務状況と合わせて、総合的に検討することが重要です。
税額計算表の作成は、経営再建計画書における数値計画の最終調整プロセスであり、PL計画と金融支援計画(返済財源)を確定させる重要なステップです。
・最重要ポイントは「繰越欠損金」の正確な把握と活用。
・繰越欠損金は将来の税負担を軽減し、キャッシュフローを改善する効果がある。
・PL計画(税引前利益)と繰越欠損金データに基づき、ステップを踏んで計算する。
・正確な税額計算は、計画全体の信頼性を高め、金融機関の納得を得やすくする。
・税務の専門性を考慮し、必ず税理士等の専門家と連携する。
繰越欠損金の仕組みを正しく理解し、正確な税額計算を行うことで、より実現可能性の高い、信頼される経営再建計画書を作成することができます。
次回は、「BS計画(貸借対照表計画)」について解説していきます。
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