この記事の結論
「原材料も電気代も上がっているが、長年の取引先へ値上げを言い出しにくい」
「自社だけ値上げしたら、仕事を失うのではないか」
「そもそも、今の売価で商品別にどれだけ利益が残っているのか分からない」
こうした悩みを抱える中小企業は少なくありません。しかし、値上げを先送りしても、上昇したコストが消えるわけではありません。会社が差額を負担し続ければ、賃上げ、設備更新、借入金返済に必要な資金が少しずつ失われます。
和田経営相談事務所の実務上の見解では、値上げ交渉の第一歩は「勇気を出すこと」ではありません。現在の価格では何円足りないのかを、原価と必要利益から説明できる状態にすることです。
この記事では、値上げ根拠計算シートの作り方、売価6,000円の商品を使った計算例、取引関係へ配慮した交渉手順を解説します。

値上げを見送れば、取引先との摩擦は一時的に避けられます。しかし、売価が同じまま原材料費や労務費が上がれば、売上総利益率は低下します。
粗利が減れば、販売費及び一般管理費を賄った後の営業利益も減少します。さらに、税金や借入元金の返済に充てるキャッシュを確保しにくくなり、銀行から見た返済余力にも影響します。
値上げするかどうかを考える前に、まず「現在の価格で、固定費と必要利益を賄えるか」を確認する必要があります。
もちろん、原価上昇分をすべて一度に転嫁できるとは限りません。だからこそ、必要額を把握したうえで、一括改定、段階的改定、仕様変更、最低発注量の見直しなどを比較することが重要です。
経営者が値上げをためらう理由には、客離れへの不安だけでなく、自社の原価が十分に見えていないことがあります。
「この商品の現在の原価はいくらか」「現行売価で、1個または1ロット当たりの粗利はいくらか」という問いに答えられなければ、値上げ幅の根拠を示せません。
取引先から「コスト削減で吸収できないか」「その値上げ幅はどう計算したのか」と問われたとき、説明が感覚的では交渉が止まってしまいます。
値上げ根拠計算シートでは、最初に商品やサービスへ直接ひもづくコストを洗い出します。この記事では、値上げ判断のために集計するこれらのコストを「直接原価」と呼びます。
次に、社長・事務員の人件費、家賃、通信費、システム費、税理士報酬など、商品へ直接ひもづけにくい固定費・共通経費を確認します。
直接原価だけを回収しても、会社全体の固定費は賄えません。商品ごとの粗利から固定費を回収し、営業利益を確保したうえで、税金や借入元金返済に必要なキャッシュを残す必要があります。
以下は、柑橘ジュース製造業を想定したサンプルです。自社で利用するときは、実際の工程と費用の発生単位に合わせて項目を調整してください。画像をクリックすると拡大できます。
現状、1ダース6,000円で販売している商品について、直接原価を集計した結果、5,122円かかっていたとします。
6,000円(現行売価)-5,122円(直接原価)
=878円(粗利)
現行価格で残る粗利は878円、売価に対する粗利率は約14.6%です。この878円から固定費・共通経費を回収するため、必要額に足りなければ価格や取引条件の見直しが必要です。
ここでは例として、売価に占める目標粗利率を40%とします。この場合、直接原価5,122円は売価の60%に当たるため、適正売価は次の式で求めます。
適正売価=直接原価÷(1-目標粗利率)
5,122円÷(1-40%)=約8,537円
計算上の注意:「原価へ40%を上乗せ」する計算ではありません。売価に占める粗利率を40%にする計算です。原価へ40%を上乗せすると売価は7,171円となり、粗利率40%にはなりません。
例題では目標粗利率40%を使いましたが、これは説明のための前提です。すべての業種・商品に共通する最低基準ではありません。
必要な粗利は、固定費、販売数量、商品構成、設備投資、返済額、目標利益によって変わります。自社の目標粗利率は、次の考え方から逆算します。
全社で必要な粗利額
=固定費+目標営業利益
商品別に考える場合は、全社で必要な粗利額を、各商品の販売数量、製造時間、売上構成など合理的な基準で配分します。数量が増減した場合の損益分岐点も確認すると、値上げ幅と販売数量の両面から判断できます。
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質問文の例
「直近2期分の損益計算書と製造原価報告書を比較し、売上総利益率と営業利益率の変化、コスト上昇による利益圧迫の可能性、前期の営業利益を維持するために必要な価格転嫁額の全社的な概算を、計算の前提とともに示してください。商品別の正確な値上げ幅を計算するために追加で必要な資料も教えてください。」
※決算書だけで商品別の正確な値上げ率を算出することはできません。商品別の原価、販売数量、固定費の配賦基準などが必要です。資料の取扱いは、当事務所のプライバシーポリシーをご確認ください。
値上げ根拠計算シートを無料でご利用いただけます
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価格交渉は、改定額だけを通知する場ではありません。取引先が社内で検討できるよう、背景、計算根拠、開始時期、代替案を順序立てて提示します。
交渉の目的は相手を言い負かすことではありません。
双方が継続可能な取引条件を、数字に基づいて協議することです。
下請代金支払遅延等防止法は改正され、2026年1月1日から「中小受託取引適正化法(取適法)」が施行されています。対象取引では、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じない、必要な説明や情報を提供しないなどの方法で、一方的に代金額を決めることが禁止されています。
ただし、取適法はすべての企業間取引へ一律に適用されるわけではありません。委託内容、資本金、従業員数などの適用基準を確認する必要があります。詳しくは、公正取引委員会の「中小受託取引適正化法(取適法)関係」をご確認ください。
内閣官房と公正取引委員会は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表しています。受注者側にも、国や自治体が公表する統計資料を活用し、価格転嫁を求める根拠として示すことなどが求められています。
公的資料は、自社の原価計算の代わりになるものではありません。自社固有のコスト資料に、公的統計という外部根拠を重ねることで、説明の客観性が高まります。
これらへ答えられない項目があれば、取引先へ説明する前に資料を整える必要があります。
価格据え置きは、顧客へ誠実に向き合っているように見えるかもしれません。しかし、自社だけでコスト上昇を負担し続ければ、賃上げ、品質維持、設備更新、安定供給が難しくなります。
大切なのは、取引先を責めることでも、強い言葉で値上げを迫ることでもありません。商品別原価と必要粗利を確認し、公的資料も活用しながら、継続可能な条件を協議することです。
値上げ交渉の成否を分けるのは、気合ではなく準備です。「なぜ必要か」「いくら必要か」「どの条件なら継続できるか」を数字で示せる状態をつくりましょう。
それでも採算を確保できない取引については、仕様、数量、納期などの条件を再設計し、取引継続の可否まで経営判断する必要があります。
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情報基準日:2026年8月22日
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