「不動産担保がないから、これ以上の融資は難しいと言われた……」
「事業の将来性には自信があるのに、決算書の数字だけで判断されてしまう……」
「個人の連帯保証を外して、思い切った成長投資に踏み切りたい……」
中小企業の経営支援を行うコンサルタントとして現場に立っていると、こうした経営者様の切実な心の声に数多く触れます。これまでの日本における資金調達は、不動産担保や経営者保証への依存度が高いのが実情でした。
しかし、今まさに金融実務は大きな転換点を迎えています。それが、事業そのものの価値(将来キャッシュフローや無形資産)を担保とする企業価値担保権の創設です。
この記事では、2026年の開始が予定されているこの新制度について、金融庁の最新指針やQ&Aを踏まえ、経営コンサルタントの視点から解説します。従来の担保との違いや、金融機関側の事務メリット、そして具体的な導入プロセスについて網羅的に見ていきましょう。
【目次】
企業価値担保権とは、土地や建物、在庫といった「個別の資産」ではなく、事業が生み出す将来キャッシュフローや、ブランド・ノウハウ・顧客基盤などを一体とした「事業全体」を担保化する新しい枠組みです。
これまで、有形資産を持たないスタートアップや、事業再生フェーズにある企業は、資金調達の選択肢が限られていました。しかし、この新制度により、無形資産や成長ポテンシャルを「価値」として認めてもらう道が開かれます。
従来の担保制度との比較
金融庁の資料に基づき、従来の担保(不動産等)と企業価値担保権の違いを整理しました。
| 項目 | 従来の不動産担保等(一般担保) | 企業価値担保権 |
| 担保の対象 | 不動産、売掛金、在庫などの「個別資産」 |
事業が生み出すキャッシュフロー、無形資産を含む「事業全体(総財産)」 |
| 評価の基準 | 処分価格(いくらで売れるか) |
事業継続価値(将来いくら稼げるか) |
| 倒産時の対応 | 資産の個別売却・差し押さえ(事業停止のリスク大) | 管財人が事業継続しながら価値維持を図る(事業譲渡等による早期再生が可能) |
| 主な対象企業 | 資産背景のある成熟企業 | スタートアップ、事業承継、再生企業など |
金融庁は、企業価値担保権について、将来の見通しや経営手腕といった「主観」に依存する要素が強いため、客観的な処分可能性がある不動産などの「一般担保」とは扱いが異なると定義しています 。つまり、「モノの価値」ではなく「事業の稼ぐ力」を評価するという点で、融資審査のあり方そのものを変える制度といえます。
この制度の最大の特徴は、企業価値担保権信託会社が重要な役割を果たす点です。
仕組みの図解(イメージ)
設定: 企業(借手)が、企業価値担保権信託会社に対して、総財産を対象とする担保権を設定(信託)する。
融資: 金融機関(受益者)は、信託会社を通じて担保権を把握し、企業へ融資を実行する。
管理: 信託会社等の専門家が、企業の事業状況を継続的にモニタリングする。
金融機関はどこまで信託会社に「委託」できるのか?
金融機関は、担保権の保有・管理・実行に関する業務を信託会社に委託(信託)します。
具体的には、以下の業務が信託会社の役割となります。
担保権の登記・保全: 法律上の担保権者として登記簿に記載されるのは信託会社です。
実行手続きの申立て: 万が一のデフォルト時、裁判所への実行申し立てや法的手続きを代行します。
配当の分配: 回収した資金を、受益者である金融機関へ分配します。
この「信託スキーム」を採用することで、金融機関(特に支店現場)には大きな事務的メリットが生まれます。これが、銀行がこの制度に取り組みやすくなるポイントです。
1. 担保管理コストの削減従来の不動産担保では、銀行自身が登記手続きや物件の定期的な状況確認を行う必要がありました。しかし企業価値担保権では、「担保の管理」という専門的かつ煩雑な業務を信託会社にアウトソースできます。
2. シンジケートローン(協調融資)の事務一本化複数の金融機関が貸し出す場合、従来は各行が担保設定を行ったり、調整に手間取ったりしていました。本制度では、一社の信託会社が担保をまとめて管理するため、参加行は信託受益権を持つだけで済み、銀行間の事務調整コストが激減します 。
3. 現場負担の軽減(目利きへの集中)金融庁のQ&Aでも、金融機関内に新たな専門部署やシステムを構築する必要はなく、通常の融資担当者が対応可能であるとされています 。煩雑な「担保管理」から解放されることで、担当者は本質的な業務である**「事業性評価(対話と目利き)」に集中できる**環境が整います。
万が一、返済が滞り倒産等の事態になった場合、従来の不動産担保のように「競売でバラバラに売る」のではなく、**「事業を生かしたまま譲渡する」**手順が取られます。
実行の申立て: 金融機関(受益者)の指示に基づき、信託会社(担保権者)が裁判所に実行手続を申し立てます。
管財人の選任・事業継続: 裁判所によって選任された「管財人」が、経営陣に代わって事業の管理を行います。この際、事業価値を維持するために、通常の取引や操業は可能な限り継続されます。
事業譲渡(スポンサー選定): 管財人は、事業全体を引き継いでくれるスポンサー(買い手企業)を探し、裁判所の許可を得て事業譲渡を行います。
配当による回収: 事業譲渡で得られた代金から、金融機関は優先的に融資金の回収を行います。
このプロセスにより、従業員の雇用や取引先との関係を維持したまま事業を存続させる(早期の事業再生)可能性が高まります。
企業価値担保権を活用するには、単に申し込むだけでなく、入念な準備と戦略が必要です。実務的な導入フローは以下の通りです。
1. 戦略的資金ニーズの整理と事業性評価
まずは自社のビジネスモデルが、将来どれだけのキャッシュフローを生むかを可視化します。ここで重要なのは、**「過去の実績」よりも「将来の計画とその蓋然性」**です。金融庁も、米国実務を参考に、将来キャッシュフロー予測などの定性情報を最初から評価に反映させる方針を示しています 。
2. 企業価値の算定と極度額設定
DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)やEBITDA倍率などを用い、客観的な企業価値を算出します。
ここで、金融機関と合意した価値に基づき、融資枠の極度額設定を行います。極度額とは、あらかじめ設定された融資の上限枠のことです。
3. 機関決定とステークホルダーへの説明
企業価値担保権の設定は、会社の全資産に影響を及ぼす重大な契約です。そのため、取締役会などでの慎重な機関決定が不可欠です。
4. 契約締結と実行手続き
金融機関および企業価値担保権信託会社との間で契約を結びます。この際、以下の専門的な条項についても協議します。
資金調達力を最大化するためには、契約設計(コベナンツ)がカギを握ります。
説得力のある企業価値評価
評価手法にはDCF法などが用いられますが、重要なのは**「なぜその数値になるのか」というストーリー**です。
「KPI(重要業績評価指標)をX%改善すれば、キャッシュフローはY円増える」
「悲観シナリオでも、借入返済可能なEBITDAは維持できる」
といったロジカルな説明が、金融機関の安心感につながります。金融庁の指針でも、将来見通しや経営の質といった定性情報が重視されています 。
モニタリング体制の構築
契約は「結んで終わり」ではありません。貸し手には、借り手の経営実態を適切に把握し支援することが期待されています 。
四半期ごとの業績報告やKPIの共有を通じて、金融機関と情報の非対称性をなくす努力が求められます。
2024年に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」に基づき、2026年頃の施行に向けて現在制度の詳細が詰められています。
金融庁の狙い: 「経営者保証に依存しない融資慣行の確立」と「スタートアップや事業再生への資金供給円滑化」を強く推進しています。
金融機関の動向: 大手金融機関や地域金融機関を中心に、無形資産の評価モデルの構築や、専門部署の設置が進んでいます。
複数金融機関の対応: 基本的にはシンジケートローン(協調融資)での利用が想定されますが、複数の貸し手から借り入れることも制度上は可能です 。
参考リンク
今後、**「不動産はないが、事業モデルが優れている企業」**にとっては、またとないチャンスが到来します。
企業価値担保権は、これまでの「守りの担保」から、事業成長のための「攻めの担保」への転換を意味します。活用を検討される経営者様は、以下の3点から準備を始めてください。
事業計画の磨き上げ: 将来キャッシュフローの根拠を明確にする。
無形資産の棚卸し: ノウハウ、顧客基盤、ブランドなど、B/Sに載らない価値を言語化する。
金融機関との対話: 決算書の説明だけでなく、事業戦略について議論できる関係を作る。
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