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今だからあのことについて話そう②~最初の赴任地~

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平成6年に入社して、最初の赴任地は、自宅の東温市から通える松山市の「本店営業部」でした。

本店営業部は店番001、まさしく営業部隊の本丸で、精鋭が集まっています。なんの間違いか新人の私がいきなりその精鋭部隊に放り込まれたのです。最初は新人が配属される貸付係で2年間過ごしました。配属されてお客様気分でいくと、いきなり金融庁(当時は大蔵省)検査がくるということで、周りは臨戦態勢。電車通勤の私は、最終の22:00(田舎なので最終が早いのです)に乗るため、先輩方が仕事をしている傍ら、「お先に失礼します」と帰らなければなりません。ものすごく帰りづらい雰囲気の中、職場を後にしていました。そのうち上司から指導を受け、バイクを購入し、バイク通勤に切り替えました。こうして銀行は15:00に窓口が閉まり、17:00には帰れて、土日は休みというのは幻想であるということに気づきました。(検査対応で土日も出勤でした)。入社するまで誰も教えてくれませんでした。

何よりもつらかったのは、帰る時間を自分で決められないこと、上司が「帰るぞ」と言わなければ、帰れない。その日の業務がいつ終わるか予想がつかない。マイペースな私は、このことで一番ストレスがたまりました。

貸付時代のこの2年間で2度退職しようと思いました。踏みとどまったのは、上司や先輩のフォローがあったから。優しく声掛けしてくれる人もいました。何より転勤やジョブローテーションが頻繁にあるので、少し我慢すれば環境が変わることも幸いしました。1年経つと後輩ができ気持ちに余裕もできました。

一方このころは、社内行事も盛んで、スポーツ好きな私は、仕事以外では銀行主催のソフトボール大会やバレーボール大会、地方のお祭りなど積極的に参加して楽しい時間を過ごしていました。今では考えられませんが、同僚たちとクラブに踊りに行ったりもしていました。(ダンスが好きだったので)。19歳から始めていた空手も稽古に試合に忙しい毎日でした。

2年が経過するといよいよ外回り(営業)デビューです。愛媛銀行では直接顧客と交渉する営業部門が最も重視されており、私もいよいよかと力が入りました。その後本店営業部で2年半、営業を経験しました。そこで今の当事務所が所属するビルのオーナーである「お芝居の松山劇場」とお付き合いが始まりました。こうして何とか最初の赴任地を乗り切り、転勤により2カ店目の赴任地に向かうのでした。

ここで学んだのは、社会人としての厳しさでした。先輩や上司の理解のもと、なんとか最初の赴任地をのりきりました。

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