起業して1年半が経過しました。
このブログでも何回かお話していますが、私は大学を卒業して17年間地元の愛媛銀行に勤務してきました。最後の2年間は県の関係の団体に出向し、その時に一念発起して勉強し、中小企業診断士資格を取り、コンサルタントとして独立開業しました。
こうして今、コンサルタントをしているわけですが、ベースになっているのは、銀行時代の17年間の経験です。本当に愛媛銀行にはお世話になりました。そしてまた、開業してからも事あるごとにお声掛けをいただき、一緒に仕事をする機会があります。ありがたいことです。
そういうわけですが、では銀行時代にどんな経験をしてきたか、記憶が薄れる前に、話せる範囲でお話したいと思います。
プロローグは就職先として、なぜ銀行を選んだかです。
大阪の近畿大学に進学した私は、就職は愛媛でしようと考えるようになりました。田舎で育った私は、大阪は色々な経験もできて、好きな街ではありましたが、都会過ぎて生活するイメージが湧きませんでした。3回生になり、地元で就職のことを考えるようになりました。
なぜ、銀行を選んだか、理念や目標などかっこいいことはありません。銀行が、愛媛では数少ない上場企業で給料が安定し、週休2日と休みが多く(後述しますが実際は違いました)、イメージが良かったからです。敢えていうなら、商学科だったため、経済に関する授業が多く、日経新聞を学生時代から読んでいたため、経済に興味があったのかもしれません。ホントにその程度です。目標も理念もなく、ブランドイメージに引き付けられて入社しました。ただ面接官が優しかったので、いい印象はありました。
愛媛銀行は第2地銀であり、実は第1地銀に入りたかったけど不採用になり入れず、第2希望で入社した行員が多いのです。(全員がそうではありません。もちろん第1希望として入社した人もいます)私も第2希望で入社した一人でした。だから第1地銀に対して引け目がある一方、それ以上に絶対にあそこには負けないぞという「対抗心」と「反発心」が強いのです。
また県内で2番手銀行ということで、思い切った施策を実行するなど、革新的で野武士的な企業文化があります。例えば銀行バックアップの元、行員がモンゴルにバイクラリーに行ったり、全国で初めて農業ファンドを設立したり、6次産業化サポートセンターに認定されたり、行政と連携して観光地に物産館をオープンさせたり、県民文化会館のネーミングライツを取得して「ひめぎんホール」と命名したり。
ま、ということで愛媛銀行に入社し、サラリーマン生活をスタートしたのでした。
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