経営再建計画書における「アクションプランと数値計画」の中でも、特に利益体質への転換を図る上で重要なのが**「販管費計画」**の策定です。販管費(販売費及び一般管理費)は、企業の利益創出活動を支える一方で、管理が甘いと利益を圧迫する主要因ともなり得ます。
経営再建を成功させるためには、この販管費に対して聖域なき見直しを行い、徹底的なコスト削減と効率的な予算配分を実現する計画が不可欠です。この記事では、経営再建計画書における販管費計画の具体的な作成手順、注意すべきポイント、そして金融機関や従業員の視点も踏まえた計画策定の考え方を、経営者、従業員、金融関係者など幅広い読者に向けて解説します。
【目次】
販管費とは、損益計算書(PL)に表示される「販売費及び一般管理費」の略称です。具体的には、製品の製造やサービスの直接提供以外にかかる費用、すなわち、営業部門や管理部門の人件費(役員報酬含む)、広告宣伝費、地代家賃、旅費交通費、通信費、減価償却費(本社・営業所分など)、リース料などが含まれます。
経営再建計画における販管費計画は、単なる将来の費用予測ではありません。事業デューデリの結果を踏まえ、どの費用をどれだけ削減し、一方で戦略的にどの分野に費用を投下するのかを具体的に示す、コスト管理の設計図としての役割を担います。
事業デューデリでの勘定科目別内訳分析の必要性
精度の高い販管費計画を作成する大前提として、事業デューデリの段階で、販管費の各勘定科目について、その内訳を詳細に把握しておく必要があります。「支払手数料」の中にどのような費用が含まれているのか、「雑費」の中身は何なのかなど、総勘定元帳レベルで実績を分析し、費用の実態を正確に理解しておくことが不可欠です。
[関連情報:事業デューデリにおける内部環境分析のポイント]
販管費計画を作成する上での出発点は、以下の2つの数値です。
・前期(実績期)の販管費実績: 各勘定科目ごとの実際の発生額。
・0年目(当期)の販管費着地見込み: 前回の記事で解説した、計画策定中の当期の最終的な見込み額。
これらの数値をベースラインとして、将来(1年目~5年目など)の計画値を設定していきます。当然ながら、ここで使用する0年目の見込み数値は、損益計画全体の0年目見込みと完全に一致している必要があります。
[関連情報:0年目(当期)損益着地見込みの作り方]
計画策定にあたっては、下図で示されているような一覧表形式のフォーマットを用いると、網羅的かつ効率的に作業を進めることができます(クリックで拡大します)。
・行(縦軸): 販管費の各勘定科目をリストアップします。(役員報酬、給料手当、法定福利費、地代家賃、リース料、支払手数料、旅費交通費、広告宣伝費…など)
・列(横軸):
・前期実績(内訳含む): 各科目の前期実績額とその主な内容。
・0年目着地見込み: 当期の見込み額。
・計画1年目~計画X年目: 各年度の計画額。
・前期比差額: 計画値が前期実績からどれだけ増減するか(特に削減額)。
・数値根拠・アクションプラン: なぜその計画値になるのかの理由、関連する具体的な行動計画。
各項目のポイント:なぜ記載が必要か?
このフォーマットを効果的に活用するためのポイントは以下の通りです。
① 実績内訳の記載(前期実績):現状把握
単なる合計額ではなく、「何にどれだけ使ったのか」という内訳を把握することで、具体的な削減策や見直し策の検討が可能になります。
② 数値根拠・アクションプランの記載:計画の裏付け
「なぜこの計画値なのか?」を明確にする最も重要な欄です。「〇〇の契約を見直し」「△△業務を内製化」「□□への投資を強化」など、具体的なアクションプランと連動させて記述します。ここが曖昧だと、計画全体の信頼性が揺らぎます。
③ 前期比差額の記載:削減目標の明確化
特にコスト削減に取り組む項目について、前期と比較してどれだけの削減を目指すのかを数値で明確に示します。金融機関などは、この削減努力を具体的に評価します。
④ 追加販管費の記載:戦略的投資の明示
経営再建は単なるコストカットだけではありません。将来の成長に必要な投資(例:マーケティング強化のための広告宣伝費増、DX推進のためのシステム関連費増など)があれば、その必要性と効果を明記した上で計画に盛り込みます。
長年のコンサルティング経験から、特に中小企業の販管費において無駄や改善の余地が見られやすい項目を以下にリストアップします。経営再建においては、これらの項目を中心に聖域なき見直しを行うことが求められます。
1. 役員報酬:
[チェックポイント] 業績や役員の貢献度に見合っているか? 赤字なのに高すぎないか? 逆に生活困窮レベルまで低すぎないか(会社からの持ち出しリスク)? 金融機関が最も注視する項目の一つ。
2. 旅費交通費:
[チェックポイント] 不要不急な出張はないか? 交通手段や宿泊先の選択は適切か? 営業活動に必要な予算は確保されているか?
3. 接待交際費:
[チェックポイント] 事業に直接関係のない私的な飲食や贈答が含まれていないか? 売上規模に対して過大ではないか(例:年商5億円以下で年間100万円超は要精査)? 金融機関は特に赤字企業の交際費に厳しい目を向ける。
4. 賃借料(リース代含む):
[チェックポイント] 使用頻度の低い営業車や過度に豪華な役員車などの不要なリースはないか? 契約内容が市場価格と比較して割高ではないか?
5. 支払手数料(コンサル報酬、顧問料など):
[チェックポイント] 外部コンサルタントや顧問への報酬が、その成果や提供価値に見合っているか? 税理士等への顧問料は、会社の規模や依頼業務内容と比較して適正か(例:中小企業で年間100万円超は要精査)?
6. 保険料:
[チェックポイント] 加入している保険が事業継続に本当に必要か? 保険料は適正か? 節税目的だけで加入した実質不要な保険はないか?
7. 広告宣伝費:
[チェックポイント] 投下した費用に見合う効果(売上増、問い合わせ増など)が得られているか? 代理店に丸投げ状態になっていないか? デジタル広告などの効果測定は適切に行われているか?
8. 地代家賃:
[チェックポイント] 成果の出ていない営業所や、不要な倉庫・スペースを借りていないか? 親族等への支払いの場合、賃料は適正か?
9. 販売手数料:
[チェックポイント] 販売チャネルや代理店ごとの手数料率設定は、収益性を考慮して適正か?
10. 雑費:
[チェックポイント] 「雑費」として一括りにされている費用の中に、使途不明瞭な支出や削減可能な無駄な経費が含まれていないか?
これらの項目を精査し、削減したコストが実態バランスシートの改善(負債の削減や自己資本の充実)にどう繋がるかを意識することも重要です。
販管費計画を含む経営再建計画書は、自社の再生のためであることはもちろんですが、同時に重要なステークホルダーである金融機関と従業員の理解と納得を得る必要があります。
金融機関が見るポイント:経営者の本気度(経営再建計画書 金融機関)
金融機関は、販管費計画の内容、特に役員報酬や接待交際費といった「聖域」と見られがちな費用の削減姿勢を通じて、経営者が本気で経営再建に取り組む覚悟があるかを見極めようとします。具体的な削減目標とその根拠が示されていなければ、計画全体の信頼性が疑われ、金融支援(リスケジュールなど)の同意を得ることは難しくなります。
最も重要なステークホルダー:従業員の視点
しかし、経営再建を実際に遂行するのは現場の従業員です。従業員は、経営者や役員の経費の使い方を想像以上によく見ています。「自分たちにはコスト削減を求めるのに、経営陣は贅沢をしている」と感じれば、従業員の士気は下がり、経営再建への協力は得られません。販管費計画の策定と実行においては、公平性や透明性を保ち、全社一丸となって取り組む姿勢を示すことが不可欠です。
客観的な視点での販管費分析や、具体的な削減策の検討、金融機関への説明資料作成などが難しい場合は、外部の専門家や支援機関の活用が有効です。
中小企業活性化協議会や経営改善計画策定支援事業(405事業)の活用
中小企業活性化協議会では、経営再建計画全体の策定支援を行っており、販管費の見直しについても専門的なアドバイスが受けられます。また、**経営改善計画策定支援事業(405事業)**を利用すれば、**専門家(税理士、会計士、中小企業診断士など)**に計画策定を依頼する際の費用の一部補助を受けることが可能です。これらの専門家は、客観的な視点からコスト構造を分析し、効果的な削減策の提案や実行支援を行ってくれます。
[関連情報:中小企業活性化協議会による経営改善支援]
[関連情報:経営改善計画策定支援事業(405事業)の申請方法とメリット]
経営再建計画書 書き方とサンプル・テンプレート利用の留意点
「経営再建計画書 書き方」に関する情報や、サンプル・テンプレートは数多く存在しますが、販管費計画は特に、自社の実態に合わせてオーダーメイドで作成する必要があります。テンプレートはあくまでフォーマットの参考とし、各勘定科目の計画値とその根拠は、自社の事業デューデリの結果とアクションプランに基づき、具体的に記述しましょう。
販管費計画の策定は、経営再建計画におけるコスト削減と収益性改善の鍵を握るプロセスです。
・事業デューデリに基づき、勘定科目ごとに実績と内訳を正確に把握する。
・「実績横並び」ではなく、具体的なアクションプランと連動した、根拠ある計画値を設定する。
・役員報酬や接待交際費など、聖域なき見直しを行う姿勢を示す。
・金融機関と従業員の視点を意識し、透明性と公平性を確保する。
徹底的な販管費の見直しと計画への落とし込みを通じて、無駄を排し、筋肉質なコスト構造へと転換することが、経営再建の達成と持続的な成長に繋がります。
次回は、「製造原価計画」について解説していきます。
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