前回お話した経緯で、事業を開始したわけである。スタート時の話をしておきたい。
起業当初は、気持ちが昂っており、自分自身は不思議と不安感はなかった。「何とかなるのではないか」。という根拠ない考えがあった。
しかし周りは、そうは思わない。まず家族を安心させないといけない。今まで定期的に入っていたサラリーが入金されないのだから。
私が起業準備をしていた2~3月の間は、新年度を控えて、行政機関から支援人材の公募が出ていた。そこで公募に手を挙げることにした。一番内情を知っている元出向先の県の支援センターに履歴書を送り、面接を受けた。
そこでネックになるのが、経験。今まで銀行員として中小企業支援に携わってきたが、あくまで組織の一員として。当然起業したばかりなので、他の応募者と比較して経験面は劣る。行政機関は経験・実績重視だ。
しかしながら、たまたまタイミングが良かったのか、想いが通じたのか、面接で合格し、県の支援センターの支援人材(コーディネーター)として採用が決まる。その後3年間は、週6回の営業日(月~土)のうち、3回は県のコーディネーターの仕事、3回と夜間は事務所の仕事と、2足のわらじを履くことになる。
このコーディネーターの仕事が、定期的な収入となり、起業当初の不安定な時期に大きな支えになった。これがなければ、もっともっと苦労していただろう。
一定の定期収入があるということは、精神的なゆとりに繋がる。がつがつと強引な営業をする必要がない。この強引な営業ほど、コンサルの信用を落とし、「うさんくささ、うそくささ」を際立たせるものはない。
またこのコーディネーター業務は、一番大切な「信用をアップさせる」という面でもプラスとなった。起業して後ろ盾を持たない自分にとって、「あそこで働いているのなら、大丈夫だろう。」と発注者に安心感をもたらすのだ。
コーディネーター業務は、起業時の不安定な自分にとって、信用、経験、収入の面で多大な貢献をもたらした。この時、この分野の収入は、総売り上げの7割を占めるまでに存在感を増していた。そして、この後、次の決断を迎えることになるのだった。
【参考記事】
地方で中小企業診断士として食っていくと決めた5年間の備忘録③~次の大きな決断~
コンサルの本音話~信用という言葉の本当の意味~
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